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不登校・登校拒否の子どもを持つ親のためのカウンセリング、コーチング、克服指導を行っています

否定できない学校の有意性

社会にでは成果を求められ、そのプロセスは合理性をもってよしとされます。「本人の頑張り」や「取り組む姿勢」などが二の次になるのは、利益を追求する企業としては当然のことでしょう。

反面、「頑張ったプロセス」や「他人との比較だけでなく本人自身の伸び幅」や「取り組む姿勢」を評価してくれる学校は、社会に出て行く準備期間においてとても意味がある存在であると言わざるを得ません。また、小中高と段階を経て子どもたちに求める成果、結果が多くなるシステムや、自己責任の度合いを増やしていき、自主性を徐々に育んでいくというシステムにも有意性を再確認させられます。

しかし、私たちが学校に最も価値を見出しているのは、それらのシステムではありません。

私たちが、子どもたちを将来的に自立した大人にしてあげるために、学校を選択せずに代わりのシステムを利用していくことを考えたときに、どうしても学校の代わりに与えてあげられないものがありました。

それは、「無作為に集められた同世代の子どもたちとの生活」です。

学習面であれば、ホームスクーリングで家庭教師をつければ補えます。他人との接触を考えれば、フリースクールも有効です。

しかし、「無作為に集まられた同世代の子どもとの生活」だけは、他の機関では用意してあげることができないのです。「無作為に集められた」というのは、多様な傾向を持った子どもたちとの接触が必要だと考えるからです。学校に来る子どもたちは、さまざまな考えを持った親に育てられ影響を受けているはずです。フリースクールのように、その施設の理念に共感を覚えた親たちが通わせるのでもありませんので、様々な考えの人たちに育てられた子どもと接する機会があるでしょう。子どもたち自身も、優しい子もいれば、我の強い子もいます。人の気持ちをよく理解してくれる子もいれば、無神経な子もいるでしょう。

それは、社会に出て企業に勤めたときに、社内にいる人たちと同様に多種にわたります。このことは、社会に出たときに違和感を持たせないために、必要なファクターであると考えています。

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